顕微授精とは(intracytoplasmic sperm injection:ICSI)
顕微授精とは、顕微鏡を使いながら培養士が精子の形態や運動性を見ながら良好な精子を選択し、細いガラス針で卵子の細胞質内に直接精子を注入する授精方法です。
顕微授精とは、顕微鏡を使いながら精子を卵子へ直接注入する技術のことです。顕微授精は英語で “Intracytoplasmic sperm injection” と呼ばれ、ICSI(イクシー)と略されます。
体外受精(IVF)では精子を卵子に振りかけることで受精させますが、精子や卵子の受精する力が弱いとなかなかうまく行きません。そこで顕微授精(ICSI)が登場します。なお、顕微授精を使わない体外受精のことを、C-IVF(Conventional IVF)といいます。
日本産科婦人科学会によると、日本では2019年の1年間で15万周期分以上の顕微授精が行われており、約2,600人の赤ちゃんが生まれています[^1]。1988年に初めて顕微授精が行われてから約35年が経過した今[^2]、顕微授精は体外受精の約6割で行われています[^1]。
顕微授精と体外受精の違い
一般的に体外受精は人工授精やタイミング法によって妊娠が得られなかった場合に次のステップとして選択される治療法です。また、顕微授精は精子の数や運動率が低い場合や、体外受精では受精率が低いことが分かっている場合に選択されることがあります。
体外受精、顕微授精のどちらの方法でも、まずは卵巣から卵子を採取し、卵子の培養を行います。また、男性からは精子を採取し(マスターベーションによる採取、または手術による採取)、状態の良い精子を選択するための調整を行います。
その後、体外受精では卵子の入った培養液に精子をふりかけ、精子の力に頼って受精を促します。
一方、顕微授精では顕微鏡下で細いガラス針を卵子に刺し、精子を1つ卵細胞質内に注入します。
顕微授精の適応
原則として顕微授精(ICSI)は、これ以外の医療行為では妊娠成立できない場合に行われます。
具体的には、以下のような場合があげられます[^3]。
- 反復する体外受精(IVF)では、受精卵が得られない良好胚が得られなかった場合
- 高度な男性不妊因子がある場合
- 精子濃度が極めて低い(乏精子症)
- 精子運動性が極めて不良(重症精子無力症)
- 男性不妊症(無精子症)に対する外科手術によって獲得された精子を用いる場合
- 男性側または女性側の抗精子抗体が強い場合
顕微授精の方法
卵巣で発育した卵子を体外に取り出し、顕微鏡下で精子1つを卵子1つに注入し受精を成立させます。
- 卵子を採取します。
- 精液を採取します。
- 最も顕微授精に適した卵子と精子を選択します。
- 卵子は顕微鏡を使いながら形を観察し選択します。
- 精子を精液から取り出します。その後、必要な処理をし、運動性や形を観察しながら精子を選択します。
- 顕微鏡を使いながら、ガラス管で卵子の中へ精子を注入します。
以上が顕微授精の基本的な全体の流れです。
顕微授精の種類
ここからは、顕微授精の種類ごとの手法の違いを解説します。
Conventional ICSI
Conventional ICSI(コンベンショナル法)とは、先端がとがったガラス管を使って透明帯を穿刺し卵子の細胞質へ精子を注入する手法です。卵子を穿刺する際に卵子にストレスを与えてしまうリスクがあります。
Piezo ICSI
Piezo ICSI(ピエゾ法)とは、先端が平たいガラス管を透明帯に軽く押し当て、特殊な機器を使い振動を伝えることで透明帯へ非侵襲的に穴をあける手法です。卵子を大きく変形させずに精子を注入できるため、Conventional ICSIよりも妊娠率が高くなりやすいといわれています[^4]。
Split ICSI
Split ICSI(スプリット法)とは、卵子を振りかけ法(体外受精; C-IVF)と顕微授精(Conventional ICSI または Piezo ICSI)に分けて、同時に2手法で受精を試みる手法です。
IVFとICSIの違い
IVF(体外受精)とICSI(顕微授精)は、ともに体の外で卵子と精子が出会う受精の方法ですが、前述のように受精させる方法が異なります。
IVFとは、In Vitro Fertilizationの略で、試験管(培養器)内での受精という意味です。卵子の入った培養液に精子をふりかけ、受精を促します。
一方、ICSIとは、Intracytoplasmic Sperm Injectionの略で、卵細胞質内への精子の注入という意味です。名前の通り、ICSIでは精子を卵子の周りにふりかけるIVFとは異なり、卵子の中に直接精子を注入することで授精させます。
受精率は一般的に、顕微授精のほうがやや高いといわれていますが、確度の高いエビデンスは確立されていません。顕微授精は体外受精よりも高齢かつ妊娠が難しい方で選ばれることが多く、単純な比較は難しいとされています[^5]。
妊娠率
顕微授精は1つの卵子に1つの精子を注入するため、70–80%と受精率は比較的高い水準です[^6]。
日本産科婦人科学会の報告によると、2019年に日本では顕微授精(ICSI, Split法を含む)を用いた治療が約15万周期分行われています[^1]。射出精子を用いた移植1回あたりの妊娠率は約19%、移植1回あたりの生産率は約13%です[^1]。
リスク・副作用
卵巣刺激によるリスク
効率よく妊娠に適した卵子を採取するため、排卵誘発剤(卵巣を刺激するくすり)を使うことがあります。卵巣にあまりに多数の卵胞が育ってきた場合、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)という状態になります。もともとの卵巣の状態によってはOHSSを起こしやすい方もいらっしゃいますが、およそ5–10%の方に発生します[^7]。
OHSSでは、卵巣からのホルモンなどの産生が高くなりすぎるために、お腹や胸に水が溜まったり血液が濃縮したりし、早期に適切な治療をしなければ重症化することもあります。
遺伝的なリスク
顕微授精の対象となる方の多くは、精子をつくる機能が十分でない等、染色体の異常をお持ちの確率が高い方です。したがって、顕微授精で生まれてくる子供たちへ同様の染色体異常が伝えられる確率も高いといわれています。
胚に対するリスク
卵子にピペットを刺すことにより、卵子が物理的衝撃などにより変性してしまうことがあります。顕微授精については、未だに遺伝子や発生(胚が子供になっていく過程)機構に対する影響に関して解明されていない部分が多く残っています。
年齢制限
顕微授精を行うのに年齢制限はありませんが、保険の適応となる年齢には制限があります。2022年4月から始まった日本の保険制度では、獲得した胚移植に保険を使えるのは43歳未満の方です。
なお、torch clinicでは保険適用となる年齢を過ぎても、健康状態や検査・カウンセリングをふまえ、自費診療で不妊治療を進めることもできます。ご相談ください。
顕微授精の費用
顕微授精にかかる費用の目安です(保険診療)。治療内容により下記料金の合算となり、こちらに診察・検査代や薬代が追加となります。また、下記内容の他に施術を行った場合(胚凍結等)、別途料金が発生します。
採卵術
顕微授精
胚培養
胚移植
参考文献
[^3]: Mitchell, R. “Intracytoplasmic sperm injection” In: UpToDate, Post TW (Ed), UpToDate, Waltham, MA.
[^7]: 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の診断基準ならびに予防法・治療指針の設定に関する小委員会:生殖・内分泌委員会報告. 日産婦誌 2002; 54: 860-868