胎嚢(たいのう)は妊娠初期の重要な指標ですが、見えない場合や確認後に流産するケースも少なくありません。妊娠検査薬で陽性なのに胎嚢が確認できない理由や、胎芽・心拍が確認できないケース、さらに、流産の種類や原因、流産後の過ごし方についても解説します。
胎嚢とは?妊娠の経過について
胎嚢(たいのう)とは、妊娠すると作られる赤ちゃんを包む袋状の部屋です。通常、妊娠4~5週目の超音波検査で確認されます。内側は羊水で満たされており、赤ちゃんを外部の衝撃から守る役割があります。
妊娠の経過としては、妊娠5週頃に超音波検査で胎嚢が確認された後、胎芽が見えるようになり、早いと妊娠5週の終わり頃に心拍が確認され始めます。胎芽とは、胎嚢の中に見えてくる小さな赤ちゃんのことで、妊娠8週以降は「胎児」と呼ばれるようになります。
胎嚢と流産
胎嚢は、妊娠初期に超音波検査で確認される大切な指標ですが、状態によっては流産が疑われるケースがあります。
- 妊娠検査薬で陽性だったが胎嚢が確認できない
- 胎嚢は見えるが胎芽や心拍が確認できない
ここでは、胎嚢と流産の関係について詳しく解説します。
妊娠検査薬で陽性だったが胎嚢が確認できない
妊娠検査薬で陽性反応が出たにもかかわらず、超音波検査で胎嚢が確認できない状態を「化学流産」や「生化学的妊娠」といいます。これは、受精卵が着床したものの正常に発育せず、流産となってしまうケースです。
全ての妊娠の30~40%で化学流産が起こるとされており、決して珍しくありません1)。
近年は、妊娠検査薬の感度が高くなり、より早い段階で妊娠反応を検出できるようになりました。そのため、従来は気づかなかった化学流産も診断されるようになっています。
なお、ヨーロッパ生殖医学会では化学流産を流産回数としてカウントしていますが、日本産婦人科学会では流産回数に含めていません。
胎嚢は確認できるが胎芽が確認できない
超音波検査で胎嚢は確認できても、胎芽が確認できない状態が続くと「稽留流産」と診断されます。
稽留流産は流産の一種で、妊娠22週未満に胎芽や胎児の心拍が確認できないまま、子宮の中に留まっている状態をいいます。出血や腹痛などの自覚症状がないため、定期健診で偶然発見されるケースが少なくありません。
超音波検査で胎芽が確認できない場合は、1~2週間以内に再検査を行い、経過を観察します。その後も確認できない場合は、稽留流産と診断されます。
胎嚢内に胎芽は確認できるが心拍が確認できない・できなくなった
胎嚢の中に胎芽を確認できても数週間心拍が認められない場合、または一度確認された心拍がみられなくなった場合も、稽留流産に分類されます。
通常、妊娠5週の終わり頃から心拍が確認され、妊娠8週頃にはほぼ100%の確率で心拍が確認できます。そのため、妊娠8週または8週相当のサイズ(胎児の頭からお尻までの長さが20mm以上)になっても心拍が確認できない場合、稽留流産と診断されるのが一般的です。ただし、最終月経からの妊娠週数だけで、即座に流産の診断はできません。最終的な診断は胎芽の大きさも考慮したうえで行われます。
そもそも流産とは?
流産とは、妊娠22週未満で赤ちゃんが子宮の中で亡くなり、妊娠が継続できなくなることをいいます。統計によると、妊娠した女性の38%が流産を経験しているとされ、決して珍しいことではありません2)。
流産の分類については、以下のとおりです。
このことからも、流産はお母さんの行動や生活習慣が原因ではなく、自身を責める必要はないと理解しておくことが大切です。
流産の種類
流産にはいくつかの種類があり、経過や診断基準によって分類されます。
- 稽留流産
- 進行流産
- 完全流産
- 不全流産
それぞれの特徴や診断方法について、詳しく解説します。
稽留流産
稽留流産とは、超音波検査を行っても胎芽や心拍が確認できず、子宮に留まっている状態です。
稽留流産の特徴として、出血や腹痛といった自覚症状がないことが多く、気づきにくいという傾向があるため、定期健診の超音波検査で初めて発見されるケースが多いです。
進行流産
進行流産とは、妊娠中に出血や腹痛があり、子宮の出口(子宮頚管)が開いて胎嚢が外に出つつある状態です。胎児や胎盤、羊水などの付属物が子宮から流れ出ようとしており、残念ながら進行を止めることはできません。
進行流産の主な症状は出血と腹痛です。多くの場合、そのまま自然に流れ出るものの、出血や腹痛の症状が強い場合には、子宮内容除去術という子宮の中をきれいにする手術を検討することもあります。
完全流産
完全流産は、お腹の中で赤ちゃんが亡くなり、胎児や胎盤、羊水などの付属物がすべて自然に体の外へ流れ出た状態です。
完全流産が起こると、それまで続いていた出血や腹痛は軽減し、子宮も妊娠前の状態に戻ります。その後は、次の月経を待つことになります。
不全流産
不全流産は、赤ちゃんや胎盤、羊水などの付属物が完全に体の外に出ず、一部が子宮の中に残っている状態です。多くの場合、体が残った組織を押し出そうとするため、出血や腹痛などの自覚症状が続きます。
不全流産の場合、まず子宮収縮剤を内服して自然に流れ出るのを待ちますが、それでも出ない場合は子宮内容除去術が必要です。
流産の原因
流産の原因の多くは受精卵の異常によるものです。また、胎嚢の大きさと流産率の関係も研究されており、一定の条件下ではリスクが高まることが報告されています。
ここでは、流産の主な原因と胎嚢の大きさが流産率に与える影響について解説します。
主な原因は受精卵の異常
流産の原因として最も多いのは、受精卵の異常です。近年の研究では、流産の60~70%が染色体異常によるものだと考えられています3)。その他の要因として、甲状腺機能異常や黄体機能不全といった内分泌代謝異常や子宮の構造異常などがあげられます。
繰り返しになりますが、流産の60~70%は受精卵の異常によるものとされており、決して珍しいものではありません。流産は、母体の問題よりも受精卵によるものが多いのです。
胎嚢の大きさは流産率に関係ある?
胎嚢の大きさと流産に関する研究の中で、胎嚢と頭殿長の差が小さいと流産のリスクが上がるという報告もあります4)。特に、胎嚢と頭殿長(とうでんちょう/頭からお尻までの長さ)の差が5mm未満の場合、初期流産の確率が高いという内容です。
ただし、流産のリスクはこの数値だけで判断できるものではなく、胎嚢や頭殿長そのものの大きさも重要です。また、胎嚢と頭殿長の差が5mm未満であっても、その後順調に成長した場合、妊娠が継続し、妊娠中の合併症リスクの増加には直接的な関連がないことも確認されています。
反復・習慣流産(不育症)について
流産や死産を繰り返す「反復流産」「習慣流産」は、流産の回数によって呼び方が異なります。これらは総じて「不育症」とよばれています。
不育症の原因は多岐にわたり、60%以上は偶発的に起こるとされています。また、明確なリスク因子が特定できないケースも少なくありません。現在、日本には約30,000人の不育症の方がいると推定されています5)。
流産を繰り返すことで、不安や気分の落ち込みを感じる方も多いでしょう。しかし、適切な医療機関で検査や治療を受けることで、次の妊娠につながる可能性があります。また、各自治体では、不育症に関する相談窓口の設置や公費助成の制度を実施しているため、必要に応じて活用を検討するとよいでしょう。
不妊症や不育症検査に関しての記事は、こちらからご覧ください。
関連記事:不妊症と不育症の違いは?不育症の原因と検査について
胎嚢と流産に関するよくある質問
流産に関する疑問や不安を抱える方は少なくありません。
- 自然流産した場合の胎嚢の見た目
- 出血時の対処方法
- 流産後に気を付けること
- 切迫流産について
よく寄せられる質問について詳しく解説します。正しい知識を得ると、適切な対応ができるようになるでしょう。
Q:自然流産した場合、胎嚢の見た目はどんなものですか?
胎嚢の大きさは、大きくても数cm程度で、楕円形または球形をしています。出血とともに排出されることが多いため、見分けがつきにくい場合もありますが、血の塊や半透明もしくは白っぽい組織片が確認された際は、胎嚢である可能性があります。
Q:出血量が多くなり血の塊(胎嚢のようなもの)が出てきました。どうしたらいいですか?
出血量が増え、血の塊や半透明もしくは白っぽい組織片が確認された場合は、ナプキンや排出された内容物を清潔な状態で保管しましょう。出血や腹痛がおさまるようなら緊急性は少ないため診療時間内に受診します。おさまらない場合は速やかに医療機関へ連絡しましょう。
Q:流産後に気をつけることはありますか?
流産後は、軽度の出血や下腹部痛が続くことがあるため、無理をせず安静に過ごすことが大切です。また、流産を経験すると、気分の落ち込みや不安を感じやすくなります。
このような精神的な負担を軽減するためにも、パートナーとこまめにコミュニケーションを取り、お互いの気持ちを理解しながら支え合うことが大切です。
Q:切迫流産はどのようなものですか?
切迫流産とは、妊娠22週未満で性器出血や下腹部痛が見られ、流産のリスクが高まっている状態をいいます。
切迫流産の診断を受けた場合、仕事を休む必要が生じたり、労働負担を軽減するための対応が求められることがあります。その際は、医師に「母性健康管理指導事項連絡カード」への記載を依頼すると、職場で適切な配慮を受けやすくなるでしょう。
おわりに
参考文献
1)国立研究開発法人 日本医療研究開発機構委託事業 成育疾患克服等総合研究事業.不育症相談マニュアル.Fuiku-labo
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/%E7%B7%8F%E6%8B%AC202007007A-sonota2_0.pdf
2)公益社団法人 日本産婦人科学会.流産・切迫早産
https://www.jsog.or.jp/citizen/5707/
3)公益社団法人 日本産婦人科医会.No.99 流産のすべて.1.総論
https://www.jaog.or.jp/note/1%ef%bc%8e%e7%b7%8f%e8%ab%96/
4)Joshua D Kapfhamer, Sruthi Palaniappan, Karen Summers, Kristen Kassel, Abigail C Mancuso, Ginny L Ryan, Divya K Shah.Difference between mean gestational sac diameter and crown-rump length as a marker of first-trimester pregnancy loss after in vitro fertilization.Fertil Steril. 2018 Jan;109(1):130-136. doi: 10.1016/j.fertnstert.2017.09.031. Epub 2017 Nov 23
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29175064/
5)公益社団法人 日本産婦人科医会.不育症について教えて下さい
https://www.jaog.or.jp/qa/confinement/jyosei191127