不妊治療における心理的援助とは
専門的な言葉で言うと
「不妊の全人的苦痛を支える」
「疾患だけではなく、人として診る」
医療の進歩に伴い、これまでの医師先導型の医療から、患者さん中心の医療へと変わりつつある現代。なかでも不妊治療においては、“命に関わる病気ではない”ことや、“患者さん自身の意思決定・価値観により治療の正解、ゴールが異なる”ことから、よりこれらが重要となってくる医療です。
そのため、医療者は全人的な関わり、すなわち、病気に伴うすべての(身体、こころ、さらには生活環境面までも含めた)クオリティ・オブ・ライフ(QOL)を包括し支えていく必要があります。
そのため、「こんなこと病院で相談することじゃないかも…」ということは一切存在せず、治療の始まりから、最後の日まで、総合的・継続的に支援を受けることができます。
- 身体的苦痛・・・痛み、服薬の負担、副作用の辛さ
- 社会的苦悩・・・仕事や家事、生活の悩み、家族や知人との人間関係
- 精神的苦悩・・・気持ちが落ち込む、孤立感、喪失感、不安感
- 実存的苦悩・・・どうして不妊になったの?、生きる意味がわからない、〇〇をした(しなかった)せいでは?といった気持ちのつらさ
「先の見えないトンネルを歩いているようだ」と形容される不妊治療
2022年4月に始まった保険診療化に伴い、幅広い年齢層の方が気軽に不妊治療を選択しやすくなりました。大きな恩恵がある一方で、これらの治療は、“身体的負担”はもちろんのこと、“こころにかかる負担”もそれ以上に大きな治療です。不妊治療に臨む約半数の方は、多かれ少なかれ心のコンディションを崩してしまうことが知られています。そのため、治療の長さに関わらず、治療の初期から“こころのケア”を大切にすることは、治療を続けていく上でも、その方らしい人生を選択していく上でも非常に重要なこととなってきます。
現在、日本の各施設において少しずつではありますが、不妊治療と心のケアとの両立を考えた治療が行われるようになってきました。しかしまだまだ十分とはいえず、つらい気持ちを隠したまま治療に望まれている方も少なくないのが現状です。ここでは、統計的に見た不妊治療各段階における心の変遷や起こりうる問題、そしてその対処について紹介していきたいと思います。
2022年4月に始まった保険診療化に伴い、幅広い年齢層の方が気軽に不妊治療を選択しやすくなりました。大きな恩恵がある一方で、これらの治療は、“身体的負担”はもちろんのこと、“こころにかかる負担”もそれ以上に大きな治療です。不妊治療に臨む約半数の方は、多かれ少なかれ心のコンディションを崩してしまうことが知られています。そのため、治療の長さに関わらず、治療の初期から“こころのケア”を大切にすることは、治療を続けていく上でも、その方らしい人生を選択していく上でも非常に重要なこととなってきます。
現在、日本の各施設において少しずつではありますが、不妊治療と心のケアとの両立を考えた治療が行われるようになってきました。しかしまだまだ十分とはいえず、つらい気持ちを隠したまま治療に望まれている方も少なくないのが現状です。ここでは、統計的に見た不妊治療各段階における心の変遷や起こりうる問題、そしてその対処について紹介していきたいと思います。
結婚するまで(結婚したとき)、子供を生み育てることについて、どのように考えていたでしょうか?
片方が「子供がほしい」、もう片方が「子供は欲しくない」だった場合
→話し合いが必要になります。
双方が「子供がほしい」場合
→いつ頃授かりたい?何人授かりたい??どれほど(の気持ちで)授かりたい??
ということを計画していくことになります。
では・・・授からない場合は?
「子供がほしい」で一致しているカップルに子供ができれば問題にはなりませんが、子供が望んだように得られないという事実に直面したとき、夫婦にはさまざまな問題が生じてくることになります。
その一つとして、
片方が「子供がほしいので、子供のいない人生なんて考えられない」、もう片方が「子供がほしいけど、不妊治療してまで欲しくない」だった場合
→お互いに相手の声を聞けるように、話し合いが必要になります。
受診するまでの問題
不妊への気づき
疑念…「もしかして」
否認…「いや、そんなはずはない」
不安…「悪いところがあるなら早く見つけて治したほうが良い」 一方で、「 もし不妊の原因が(自分にあると)わかったらどうしよう」
などなど
さまざまな、なかでも上記のような感情に入れ替わり立ち代わり苛まれるかもしれません。このどれもがおかしな感情ではなく、誰もが持ちえるものであるといえます。そこからすぐに受診に踏み出す人、気付きから受診まで数年の時間がかかる人などさまざまです。
受診前のカップルによくみられるパターン
妻「病院に行ってみようと思うんだけど…」
夫(理想的)「子供を持つのは二人のことだからね。一緒に行こう。」
実際は…
夫(典型的1)「え??なんで???」
夫(典型的2)「焦らなくていいんじゃない?自然に身を任せればできるよ。」
夫(典型的3)「そんなに心配なら、一人で行ってくれば?俺は行きたくない」
もちろん、双方が逆の場合も近頃ではよく見受けられます。というのも、当院には男性の方お一人でのブライダルチェック(自然妊娠ができるかどうかの検査)の受診が非常に多く、男性側のほうが問題意識を強く持っているということも珍しくはありません。
いずれにしても理想的なパターンであれば、気付きから受診までスムーズです。しかしそうでない場合に夫婦間の問題が生じてしまいます。
問題になるカップルのパターン
妻の焦り VS 夫の無知
女性は自身の妊娠できるリミットについて、ネットやメディアの情報、知人の話などで「なんとなく」でも耳にし、知る機会を持ちやすいのではないでしょうか。そのため、自身の妊孕性(自然妊娠する力)について深刻度は違えど多くの女性が思いを馳せることが多いでしょう。
一方男性は、知識としては知っていても、実感が湧きづらかったり、そもそも知る機会がなかったりと女性の生殖年齢の限界について正しく認識できていることはそう多くありません。
そうなってくると、現実を直視し焦る妻と、知らないがゆえに楽観的に構える夫という、問題になるコミュニケーションのパターンが生じてしまうことが多くのカップルで起こってきます。
コミュニケーションエラー①
妻は夫の「焦るな」を「そこまで子供が欲しくないのでは?」「真剣に考えていないのでは?」という疑念として受け止めてしまい、フラストレーションを溜めてしまう。
コミュニケーションエラー②
夫は妻の「早く検査をしよう」を、焦りと捉え、一歩引いてしまうことで夫自身が妊孕性の理解を深める機会、妻を理解しようとする機会を持ちづらくなってしまう。また思い詰めることがよくないと思うがゆえに「焦るな」「流れに身を任せて」とアドバイスしてしまい妻の不満をますます加速さてしまう。
実際は、不妊に対する知識や、身体的反応・心理的反応に男女差があるという事実が共有されていないことからくる「お互いの理解不足」による衝突であることがほとんどです。しかし「愛していないからわかってくれない」といった愛情の問題にすり替えられてしまいます。
また、夫婦という愛情関係においては、自分の感情や考えは言わなくても相手は理解してくれているはずといった思い込み“透明性の錯覚”が生じやすく、余計にコミュニケーションが滞ってしまうことも生じます。
女性の問題 VS 二人の問題
どうしても不妊治療は女性側への負担が大きな治療です。しかしそれはイコール女性の問題ということではありません。実際に不妊の原因の半分は男性側にもあることが知られています。
しかし男性のみならず、女性自身も女性側の問題と誤った理解をしてしまい、自分ひとりで抱えすぎてしまったり、その結果として夫の関与が乏しくなり、暫くあとになって夫側に原因があったことが判明してしまうなどの問題が生じてしまうこともあります。
対応として
まずはお互いの理解のすり合わせを行っていきましょう
夫の無知は、愛情や真剣さの問題ではなく、「日本の性教育の遅れ」「性について話し合うことをタブーとしてきた日本の文化的背景の影響」であることを理解しましょう。その上で、お互いの知識や理解を共有しましょう (日本の性教育について書かれているリンク貼る。厚生労働省のものなど)
ネットやSNSの主観的な情報ではなく、正しい医学知識を参考にしましょう
現実を知って正しく焦りを持つことはとても大切なことですが、ネット上の真偽やエビデンスが不明瞭な情報に振り回され、不必要に焦ることは、双方にとって望ましいことではありません。
受診〜検査段階の問題
安堵と新たな不安
不妊治療を受けている患者の心理状態を測定するために行われた質問票調査において、多くの人が回答した患者心理として「不安」と「抑うつ(気分の落ち込み)」が明らかとなっています。不妊検査や治療に対するストレス、あるいは治療が失敗するではないかという恐れからくるとされていますが、心が強い、弱いではなく、多くの方々が自然な心の反応としてこれらの気持ちを抱えます。
不妊原因により生じる問題
女性因子
妻は、自責感や申し訳なさから、治療へ没入し援助希求行動(周囲に相談することや、援助を求めること)を抑制しやすくなります。
妻:「私のせい…」、「私が頑張れば」、「楽しちゃいけない」、「弱音を吐いちゃいけない」
反対に夫は、安堵するとともに、妻に任せて関与が少なくなることや、傷ついている妻にどのように関わることができるのかわからず、優しさから「君の好きなように」と声をかけ、それが更に妻の孤立感をつのらせてしまうことにも繋がります。
夫:「君が好きなようにしていいよ」→「(妻をどう支えたら良いかわからない)」
妻:「夫は結局他人事なんだ…」
男性因子
夫は、自責感や、申し訳無さ、無力感、向き合えない気持ちを抱えます。精液性状を性的能力(男らしさ)と結びつけてしまいやすく、より傷つきを深めてしまいます。また、現状を否認(受け止められず)し、不妊治療に回避的になったり、男性の自信を取り戻せず、それを満たすために女性遊びに走ってしまうという否認の形が生じてしまうこともあります。
夫:「申し訳ない…」、「恥ずかしい…、「いや、そんなはずはない」
妻は、責めたい気持ちと責めてはいけない気持ちに葛藤し、うまく怒りが表出できないことで気持ちの落ち込みに繋がりやすくなります。また、自身は不妊ではないなかで、治療の主体であることへの理不尽さを抱えます。反対に、「男性不妊である」ことを夫に伝えないという選択をし、妻一人が抱えてしまうということも生じる問題です。
妻:「どうして私ばっかり…」「私は不妊じゃないのに…」
妻:「不妊原因がなんであれ治療を受けるのは私なのだから、夫に協力してもらうには(傷つけないためには)、私に問題があるとしておいたほうがよい」
原因不明
「原因不明」=原因がないわけではないということではありません。また、不妊治療は原因治療ではないため、原因がなければ治療が行えないということもありません。
しかし、原因がわからないことで納得ができなかったり、気持ちの持って行き場がなくなってしまい、苦しくつらい気持ちを抱えてしまいます。
対応として
原因に関わらず大きな傷付きであることを理解しましょう
不妊の原因がどのようなものであれ、「治療を受けなければ妊娠できない」という事実は妻、夫、夫婦それぞれにとって非常に大きな出来事です。自分の人生を根底から根こそぎひっくり返されるような衝撃であるといえます。そのような事態において、どのような感情が生じることも至極自然なこと。緊急事態における正常な心の反応です。まずはそのような自分に気付き、「そう感じることは自然である」と認め、許してあげるところからはじめてみましょう。
生殖物語(Reproductive Story)を意識してみましょう
私たちはみな、幼い頃からずっと意識的に、あるいは無意識のうちに「将来の自分の家族像、子供を生み育てること(もちろんその反対も)についての物語」を持っています。これを「生殖物語」と呼び、成長していく中で、内容が修正されたり、変化したりするものですが、不妊治療にのぞまれる多くの人にとっては、「愛する人と結婚して、数人の子供を生み育て、幸せな家庭を作る」という物語はある程度共通している生殖物語の一部ではないでしょうか。
タイミング期の夫婦によく起こる問題
タイミング法とは、排卵日を「正確に」予測し、排卵日の2日前〜当日に夫婦生活をとる方法です。ホルモン値や超音波検査、精液所見、卵管因子に問題がないことが確認できた上で行うことが望ましいです。卵を育てるために排卵誘発剤を内服することや、打つことで36時間後に排卵を促すHCG注射を使用しすることもあります。
その妊娠率は5%と言われており、薬剤を使用するかどうかの有無にもよりますが、より”自然”な方法を望むカップルに受け入れやすい方法とされています。
実は不自然な方法?セックスレスの引き金になることも
”自然”の定義は難しいものです。排卵日をめがけて性生活をもつ。これまでの夫婦生活と何ら変わりないように感じるかもしれません。しかし、やってみると結構ストレス。
本来性交渉の意味とは、「生殖、コミュニケーション、快楽」の3つであると言われています。それが、タイミング指導による性交渉は、妊娠するため(させるため)の生殖に限局してしまいます。喜びや楽しみ、二人の絆を大切にする愛の営みであったはずのものが、お互いが気が付かないうちに性交渉をもつこと自体の意味が置き換わっていってしまいます。
結果的に、排卵日以外の性交渉が意味のないものに感じられるようになってしまったり、排卵日近辺の性交渉をなんとか増やそうとヘトヘトになり性交渉そのものが負担になり、かえってセックスレスになってしまうということも。
“妊娠”という観点からは自然に近い方法ですが、性関係としてはとても歪な不自然なものであり、義務的で味気ない性交渉が2人の関係をギスギスさせてしまうことにも繋がるため、長期的に続けることは、心を大切にするという観点からはあまりおすすめできません。
男性の傷つき、女性の傷つき
妻:「“この日”のために1ヶ月準備してきたのに・・・」
夫:「“この日”と言われてできるもんじゃない・・・」
女性は1ヶ月間、人によっては排卵誘発剤を飲んだり、病院に通院し、決して心地よくない超音波検査を受けたり、準備を重ね並々ならぬ気持ちで排卵日を迎えます。排卵日に全身全霊をかけすぎると、タイミングが取れないと絶望感が強くなり、ケンカになってしまうことも。
一方男性は、自身を種馬のように感じ負担感を抱えることも少なくありません。そもそも男性の射精は副交感神経(リラックスしているときに優位になる神経)が優位でないと生じません。しかし、「絶対に射精しなければ」とプレッシャーに感じた状態で行うことで交感神経(何かしらのストレスを感じているときに優位になる神経)から副交感神経に切り替わらず、射精ができず互いにガッカリしてしまう、自信を無くしてしまうということもよく生じる問題です。
対応として
どうしたら二人で心地よく続けることができるのかについて話し合う
妊娠はゴールではありません。妊娠できないからといって不幸なわけでもありません。そのような中で不妊治療を通して夫婦の関係が悪くなってしまっては本末転倒もいいところ。夫婦二人の関係性を保ちながら、二人が無理なく過ごせる方法を丁寧に話し合ってみることはいかがでしょうか。その一つの方法として、生殖のためのは行為は不妊治療に委ね、排卵日や治療とは関係なく、二人がとりたいときに二人の時間として性交渉を楽しむ時間を持ってみるというのも一つの方法です。
性交渉の話題について、夫婦でオープンに話し合う機会をもつ
性交渉は夫婦に必ずしも必要な行為ではありません。しかしその年代に応じた性関係があることは、夫婦の満足度に直結しうるといわれています。セックスの話題は恥ずかしいことでもはしたいないことでもありません。二人の関係にとっての大切なテーマとして、オープンに話し合ってみましょう。
ステップアップ?〜人工授精〜
タイミング法では、「排卵日に夫婦生活を持つ」ことで妊娠の成立をめざしますが、人工授精は、夫婦生活を持つ代わりに、「パートナーの採精した精液を病院に持参し、遠心処理をかけ女性の身体に医師の手で注入するという方法です。
遠心処理をかけることで、より運動性の高い精子を集めることができ、1回の人工授精のその妊娠率は約10%ほどと言われています。軽度の乏精子症、そして、射精障害や挿入困難といった機能的な性交障害はもちろんですが、多忙ゆえに排卵日になかなか夫婦生活が持てないといった「社会的な性交障害」のカップルにも有効な手段とされています。2022年4月からの保険適応化に伴い、20代や30代前半の若いカップルの活用も増えてきている現状です。
人工授精は人工的な治療?
”人工”という言葉がついていることから、内容を知る前にその名前に抵抗を持つ方も少なくありません。名前のイメージから来る患者さん側の”なんかすごいこと”と、医療者側の”まだ初歩的な”治療といったギャップから、医療者からの気軽なステップアップの提案にショックを受けることや、治療当日に震えて泣いてしまうという方も珍しくはありません。また、カップル間で治療に関する知識量に差があると、人工授精への衝撃やステップアップへのハードルの高さも変わってきてしまうので注意が必要です。
もちろん具体的な方法を知っても「性交渉を介さないから自然ではない」という考え、「注入以外は自然妊娠と何ら変わらない」という考えなど、その価値観は人によっても、もちろんカップル間でもさまざまであり、正解もありません。
対応として
どのような治療を行うのか、どのくらい確率があるのか、なぜ適応なのかといった医学的情報について、カップルで正しい知識を持つ
各施設、もちろん当院においてもカップル揃って医師や看護師から治療に関する説明を受けられる体制が整っています。SNSの情報や、誰かのブログ等も参考にならないわけではありませんが、主観に偏り正しい知識に繋がらない場合もあります。各施設の専門家を活用しましょう。
理解した情報について、どのように感じたのか、カップルで丁寧に話し合える場を持つ
ときに「理解できること」と「納得できること」は異なります。お互いがどのように感じたのかを共有し、価値観のすり合わせを行う作業は、思いがけない相手の新しい一面を知ることはもちろん、自分の中に隠れていた気持ちが明らかになる場合もあります。それは今後妊娠出産を経て子育てを行っていく過程でも、二人でこれからの時間を生きていく過程においてもとても重要なプロセスです。
正しい答えや、正解のある問いではありません。だから意味がないということではなく、二人で向き合い話し合ったというその事実に大きな価値があります。コツは少しずつ、丁寧に、話し合える関係を築けると良いでしょう。
不妊治療の長期化により生じる問題〜体外受精〜
そもそも不妊治療って、感情のジェットコースターに乗るようなもの
妊娠するかもしれないという期待と、生理開始による失望という両極端の感情を何度も繰り返す。そしてそれを短期間で経験する不妊治療は、医療者はもちろん、患者本人が考えている以上に、心への負担が大きすぎる治療です。また、治療が高度になるごとに期待も大きくなるため、不成功によるショックも同時に大きくなっていきます。
生理の前にソワソワ、生理が来たら落ち込む
不妊治療の不成功体験は、妊娠するはずだった子供をはじめ、費用や費やした時間、自分は妊娠できるという自信など非常に多重なものを一度に喪失するという大変に過酷な体験です。それに加え、それが短期間で何度も繰り返し起こり、心にとって非常にトラウマティック(外傷的な)体験であると言えます。
長期にわたる不妊治療経験に関連する8つの喪失
体外受精を行う不妊治療患者の6割が何らかの心身の不調を抱えるということは前述しましたが、Mahlstedtrらによって調査された報告では、長期に渡る不妊治療経験によって以下8つのものの喪失が関連すると明らかにされています。
- 人間関係
- 健康
- 社会的地位や名声
- 自尊心
- 自信
- 安全
- 幻想や希望
- 自分にとって大切な人や事柄
どれも個々人にとって非常に大切であるものばかりです。それが一つだけでも大きなことですが、複数個あるいは人によってはその全部を失う体験であるといえます。丁寧に念入りに心のケアを行わなければ、とても耐えられません。
現実は・・・
その一方で、現実は、毎生理周期ごとに何度もそのような体験が繰り返されるため、毎回それと向き合うことが辛く困難であること、そして何より、不妊の体験が「喪失」であるという認識が患者にはおろか医療者自身にも根付いていないため、見過ごされてしまっているのが現状です。治療を受けている過程のどこにも、「悲しんでよい」ということが理解されていないために、そのような過酷な体験は未解決のまま先送りにされてしまいます。
しかし先送りにされるだけで消えることはないため、後により大きな困難として患者に心理的危機をもたらす危険性をはらむものでもあるのです。
「体外受精の適応です」と告げられた患者心理
上述の前提がある上に、これまでタイミング、人工授精と治療を重ねてきたが妊娠に至らず、医師から体外受精を進められるパターン、何の気なしにブライダルチェック(自然妊娠ができるのかどうかの検査)を受けに来て突然告げられるパターン、「とにかく早く妊娠したい」と自ら治療を希望するパターンと様々ではありますが、その事実が多かれ少なかれ患者さん一人ひとりにとって非常に大変に大きな出来事であることは共通です。
心への衝撃
医師から体外受精を提案された患者の多くは「ここまでしないと妊娠できない自分って…」と劣等感や自損感を感じることや「まさか自分が体外受精を受けることになるとは思っていなかった」「不妊治療の最終段階まで来てしまった」と感じられることも少なくありません。
高度な治療によって妊娠するかもしれないという期待を抱えるのと同時に、「もしもこの方法でも妊娠できなければ、もうあとがない」といった恐怖や不安を併せ持ち非常に複雑な心境にさらされます。そのような心への衝撃は至極自然に誰もが感じるものでありますが、なかなか診察場面では表出できる機会を持ちづらいことが現状ではないでしょうか。
対応として
まずはこれまで治療を頑張ってきた自分自身を、自分自身が!正しく認めてあげましょう
人は不安が高まり自身を失っている状態では、自分を客観的に評価できなくなり、努力を過小評価する傾向にあります。体外受精をすすめられた一人ひとりがそのような状態であるといえるでしょう。「これまでの治療や努力が無駄だったのでは」「努力が足りなかったのでは」と感じられているかもしれません。しかしそのようなことは一切ありません。治療を続けることは、大変にエネルギーがいること。それを自身の生活と両立し、こなしてきた自分自身をまずはしっかり認め、褒めてあげていただきたいと強く願います。
心への負担が大きな出来事であることを理解し、できるだけ周囲の力を活用しましょう
体外受精を勧められたことによるショックや、今後の治療に対する恐怖や不安について、なかなか気持ちを表出する場が持てないかもしれません。機械的に進みやすい診察場面では、悩んだり悲しんだり戸惑ったりしていいものではないように感じられる方もおられます。話しやすい話せる人に話を聞いてもらう、治療先のカウンセリングを利用してみるなど、自分の心をいたわる時間を作って差し上げてください。
体外受精治療選択時に生じる抵抗
心への衝撃のほかに、体外受精の選択を行うに当たって、選択の障害(抵抗)となる事柄について調査した研究で以下の3つが指摘されています。
- 医学的抵抗
- 心理社会的抵抗
- 倫理的抵抗
それぞれ詳しく見ていきましょう。
1.医学的抵抗
成功率
治療に踏み切ったとしても、必ずしも子供が得られるわけではないことからくる抵抗。
「体外受精の妊娠率。体外受精を何回したらどのくらいの人が妊娠するのか。体外受精(特に顕微授精)をして障害児が出来る確率、多胎妊娠する確率」など
医学的知識の欠如
体外受精がどのような治療かわからないことからくる抵抗
「治療のスケジュールや、刺激方法、採卵術の流れ、料金」など
技術・薬(特に排卵誘発剤)の安全性
「薬に対してや、行うことにより生じる副作用、多胎妊娠への不安。体外受精をすることで奇形児が生まれる確率が増えるかどうか」など
身体的苦痛
「注射、採卵、胚移植が痛いかどうか」など
2.心理社会的抵抗
家族(特に配偶者)の協力
「夫は精液検査をして異常がなかったため、治療をするのだったら妻が行けばいいと思っている。夫婦で治療ペースが異なっている」など
生活への負担
仕事の継続が可能かどうかわからないことからくる抵抗
「フルタイムで仕事しているため、休みが取りにくい。治療のために仕事をやめなければならないかもしれない。夫の仕事が多忙で来院できない」など
経済的負担
「体外受精の治療費を捻出できない、治療は行えてもそのあとの生活をどうしたらいいのか」など
3.倫理的抵抗
自然妊娠でないことからくる抵抗
「周囲にどう思われるのだろう、将来体外受精で授かったことが子供にわかったらどうすればいいのか」など
対応として
まずは自身が抱える抵抗について理解しましょう
前述どの「抵抗」であっても、存在することが障害となり意思決定を妨げるものではありますが、人としてとても自然な気持ちです。まずは自分がどのような抵抗を抱えているのかについて理解し、それが解消できるものであるのか、そうでないのかを明らかにしましょう
カップルそれぞれが納得できるまで話し合う
抵抗が解消できないものであった場合、その抵抗と子供を授かりたいという気持ちを丁寧に推し量り、体外受精を受けるかどうか、カップルそれぞれが納得するまで話し合い決めることが、必要となってきます。年齢のリミット等を考え、焦る気持ちを一旦脇に置き、お互いの心を大切できるよう選択をしていくプロセスがあるのと無いので、その後を大きく左右します。
治療のやめどき?治療をやめる決断
治療のゴールは妊娠だけではありません。しかし治療にかけてきた時間がながければ長いほど、治療がいわば人生の一部となり、辞めるという決断も簡単なものではなくなっていきます。ご本人パートナが自ら納得できる「治療の終わり」を選択できるよう、自分自身と、カップルとこれまで以上に話し合うことがとても必要になってきます。時には専門家の力を借りることも有用です。
対応として
まずは頑張っている、頑張ってきた自分自身を認めてあげましょう
幾度となく、辛い喪失体験を重ねてこられた体験から、自分たちは頑張っている、頑張ってきたことを認めることは容易ではなくなっているかもしれません。それだけ心身への傷つきは大きかったということです。そんな時「これまで不妊治療や妊活を自分に続けさせてきたのは、なんなのだろう?」こんな問いが一つ、役に立つかもしれません。
子供を持つことの意味を考えてみましょう
世間一般的には「子供を持つのは当たり前」と思われています。でもそんなことはありません。結婚や子供を産む以前の話として、「自分の人生に子供は必要なのか」「子供が自分にどのような幸せをもたらしてくれるのだろうか?」「子供のいる家庭で、自分はどのような人生を送りたいと考えているのだろう?」と考えてみてください。もしかしたら、「子供にこだわりすぎていたかもしれない」と思うかもしれませんし、「もう少し治療を頑張ってみよう」と思えるかもしれません。
結びにかえて
とはいえ、世間にはなんの苦労もなく、自然に、何も考えずに子供を授かり生み育てている人が少なくないので、「どうして自分たちだけ」という気持ちが湧いてくるかもしれません。
「当たり前なこと」と考えていたため、うまく自身では考えられないこともあるかもしれません。そのようなときは、カウンセリングを役に立てみてはいかがでしょうか。
不妊治療は「自分がどう生きるか」を考えていくことでもあります。自分自身のことでありながら、自分自身だけで向き合うことにはかなりエネルギーがいることです。
これまで、心と体がぼろぼろになり、自尊心や生きるチカラを失わせる、そんな辛く大変な、とても過酷な状況(治療)を生き抜いてこられた自分自身に心からのエールと称賛を、そしてそんなあなたのお役に少しでも立てればいいなと思います。
トーチクリニックでは、医師による診断や治療のカウンセリングに加えて、心理カウンセラーが心理的な負担や人に話しにくい悩みなど、医療での解決が難しい「お困りごと」について一緒に考える機会も提供しています。
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また、すでに不妊治療を受けている方々のお悩みやセカンドオピニオンにも対応しております。セカンドオピニオンを含めたクリニックへのよくあるご質問はこちらをご参考ください。