妊娠中でも適切な強度や時期であれば、運動することは推奨されています。
ただし、誰でもいつでも運動ができるわけではありません。今回は、妊娠中に運動してもよい時期や条件、注意点などを詳しく説明していきます。
妊娠前から運動の習慣がある方も、妊娠後に体力づくりを考えている方もぜひ読んでください。
妊娠初期や妊娠中は運動してもいい?
妊娠中の運動はしてもいいといわれています。ただし運動してもよい時期や条件があるため注意が必要です。
日本臨床スポーツ医学会の産婦人科部会では以下の条件を挙げています1)。
- 現在の妊娠が正常で、かつ既往の妊娠に早産や反復する流産がないこと。(以前に妊娠した時に早産や繰り返しの流産の経験がないこと)
- 単胎妊娠で胎児の発育に異常が認められないこと。(双子など複数の赤ちゃんを妊娠している状態ではなく、赤ちゃんに問題がないこと)
- 妊娠成立後にスポーツを開始する場合は、原則として妊娠12週以降で、妊娠経過に異常がないこと。
- スポーツの終了時期は、十分なメディカルチェックのもとで特別な異常が認められない場合には、特に制限しない。
自分で判断することが難しい部分もあるため、必ず担当の医師と相談してから運動を開始するようにしましょう。
妊娠中に運動するメリット
妊娠期間中は、初期からはじまるつわりやホルモンバランスの変化、赤ちゃんの成長による体型の変化など心と体が大きく変化します。前述のとおり、この妊娠期間を健やかに過ごすために運動を取り入れることが推奨されています。
ここでは妊娠中に運動する具体的なメリットを3つご紹介します。
健康の維持・増進
妊娠中の運動は、健康の維持・増進につながります。厚生労働省サイトで公開されている「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」でも、身体活動により妊婦及び産後の女性なども含む全ての人が健康増進効果を得られるとしています2)。
具体的な例として、妊娠中に経験することの多い腰痛や肩こりなどの症状の軽減が期待できたり、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病、帝王切開分娩、難産などの予防効果もあるとされています。
このように妊娠中の運動には、健康の維持・増進に対するメリットがあります。
適正体重の維持
妊娠中は妊娠前より体重が増えることになりますが、適切な体重増加量についても目安があります。妊娠中の運動は過度に体重が増えることを防ぎ、適正な体重を維持する目的でもメリットがあると言えます。
妊娠中の体重管理は、妊娠前のBMIに応じて変わります。
出典:日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会編.産婦人科診療ガイドライン―産科編2023 CQ010. 日本産科婦人科学会ウェブサイト.
https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_sanka_2023.pdf
妊娠中に体重が増えすぎると妊娠高血圧症候群や帝王切開のリスクが上がるため、運動を取り入れることなどで体重を管理することは大切です。一方で、妊娠中にあまり体重が増えない場合には、低出生体重児(出生体重が2500g未満)が生まれるリスクもあるためバランスが重要です。
お母さんと赤ちゃんの健康を守るために、運動を通じて適切な体重管理をしましょう。
ストレス解消
妊娠中の運動はストレス解消の面でもメリットがあると言えます。
妊娠中は、身体の変化が大きく妊娠前と同じレベルで生活をすることが難しい場面が出てくるため、ストレスを感じることも少なくありません。
心地よいと感じる程度の運動を行うことで、セロトニンなどの神経伝達物質の分泌が促進されるという報告があります。適度な運動は、精神的な安定をもたらし、ストレスの軽減につながると期待されています。
ただし、長時間の運動は逆にお母さんとお腹の赤ちゃんへのストレスをもたらす原因にもなるため、適度な時間にとどめましょう。
妊娠初期や妊娠中におすすめの運動
前述のとおり妊娠成立後にスポーツを開始する場合は、妊娠12週以降に始めるなどの前提がありますが、おすすめの運動として有酸素運動が挙げられます。有酸素運動は、負荷をあまりかけずに長時間続けられる運動のことです。
ここでは、妊娠中におすすめしたい運動を4つ紹介します。運動量や時間など気をつけたい点については後ほど説明します。
ウォーキング
ウォーキングは有酸素運動の中でもそれほど負荷がかからないためおすすめです。
また運動というと少しハードルが高く感じますが、ウォーキングであればいつでもどこでも手軽にはじめられます。
妊娠中は重心が前の方に移動しやすいため、背筋をのばし正しい姿勢で歩きましょう。スピードはゆっくり歩くというよりは少し速く歩くイメージです。感覚としては、おしゃべりをしても息切れしない程度、少し汗ばむ程度にしましょう。
マタニティヨガ
マタニティヨガは普通のヨガとは異なり激しいポーズや身体に負担のかかるポーズはないため、安心してできます。
ゆったりとした呼吸法で心と身体の緊張感をとり、リラックスできる効果があります。また柔軟性が高まり、出産で必要な筋肉を鍛えられるためおすすめです。妊娠中によくある便秘や腰痛、足のむくみといった症状も予防したり改善できます。
妊婦さん専用のヨガクラスやインストラクターに相談しながら行いましょう。
マタニティスイミング(水泳)
マタニティスイミングは水の中で行う運動ですが、泳ぎが苦手な方でもできます。水には浮力、水圧、抵抗があるため、水の中で立って歩くだけでも十分効果があります。
浮力により体重が軽く感じるため関節や腰への負担が減ります。
水圧は、水が深くなるほど圧力が大きくかかるため、足にかかる圧力によりむくみが軽減されたり、血行が良くなったりします。
抵抗により陸上よりも消費できるエネルギーが増えるため効率よく運動ができます。
マタニティストレッチ
軽いストレッチであれば、身体をほぐし血行を良くする効果があります。勢いをつけて手足を動かすような反動をつけるストレッチや次の日に痛みが出るような過剰なストレッチは控えるようにしましょう。
床に座りながら足首を曲げ伸ばししたり、肘をまげ指先をそれぞれの肩にのせ大きく肩まわしをしたり、立った状態でも座った状態でもできるものがあります。
妊娠初期に控えたい運動
おなか周りに直接衝撃がかかるようなスポーツ、例えばレスリングや柔道は避けましょう。また、全身に衝撃がかかるようなジャンプや走り高跳びも避けましょう。他にも、人や物とぶつかるようなバスケットボール、バレーボール、サッカーなども避けた方がよいです。
暑い場所で行うホットヨガのような運動は脱水のリスクがあり、標高が高い場所へいく山登りは酸素不足になるリスクがあるので避けるのが良いでしょう。
妊娠初期に運動する際の注意点
妊娠中におすすめの運動や避けたい運動、運動を開始する際の条件などもご紹介しましたが、他にも運動する際の注意点がいくつかあります。
まずは主治医に相談
妊娠中に運動したい場合は、主治医に相談することがとても大切です。
前述のとおり運動してもよい条件や時期があるため、全ての妊婦さんがいつでも運動できるわけではありません。重い心臓の病気がある、呼吸器の病気がある、出血がある、前置胎盤と診断された場合など、運動を避けた方がよい場合もあります。
運動している最中に体調不良、異変があった場合にも医師に相談しましょう。
どのくらいの運動量をしていいのか
運動により身体に負担がかかりすぎると、おなかの張りが強くなったり切迫早産のリスクが高まります。これまでの研究によって、妊娠中の運動強度の指標が明らかになっていますのでご紹介します1)。
心拍数を測りながら運動することが難しいときもあるかもしれません。「おしゃべりしながら続けられる」感覚で行いましょう。
運動する時間は午前10時〜午後2時ごろまでが推奨されています。これは子宮収縮の出現頻度が少ないと考えられている時間帯です。
体調に変化があれば中止する
運動中に次のような症状があったときは、すぐに運動をやめましょう。
・立ちくらみ
・頭痛
・胸のいたみ
・呼吸が苦しい
・膝から足首までのいたみ、腫れ
・お腹の張り、痛み
・性器出血
・胎動が減った、なくなった など
心配な場合は、医師に相談することも大切です。これ以外の症状で気になることがある場合にも相談することをおすすめします。
激しい運動や危険なスポーツは避ける
激しい運動や危険なスポーツは避けるようにしましょう。前述のとおり、サッカーやレスリングなどの他人との接触の可能性がある激しい運動は、接触や腹部外傷の危険があるため好ましくありません。
また、お母さんが転んだり、外傷(ケガ)を受けるとお腹の赤ちゃんにも影響があるケースもあるため、転倒したり外傷を受ける危険性のあるスポーツ(体操競技、スキー、スケートなど)も避けるべきです。
上記のようなスポーツは、妊娠前から行っている場合でも妊娠成立がわかった段階で中止し、医師とも相談しながら安全に始められるタイミングで、別の推奨されるスポーツに切り替えるのが良いでしょう。
高温多湿の環境下で運動をしない
気温が30℃をこえる真夏日や、高温多湿な環境での運動は避けましょう。
スポーツによる事例ではありませんが、妊娠初期におけるサウナ、温水浴槽、発熱などによる体温の著しい上昇は、赤ちゃんの奇形を引き起こす可能性も報告されており3)、著しく体温が上がるような環境は避けるのが安全です。
実際に高温多湿の環境下でスポーツを行ったことが原因で、赤ちゃんの奇形が引き起こされたという報告はないとされていますが1)、真夏日等の高温多湿の環境下における屋外での活動や、ホットヨガ、サウナなどの利用は避けましょう。
水分補給をしっかりとする
妊娠中の運動では水分補給をしっかりと意識しましょう。妊娠の有無に関わらず、運動中の水分摂取は推奨されていますが、特に妊娠中は妊娠前と比べて代謝がよくなるため発汗量が増えます。また心臓から送り出される血液量も30〜50%程度増えるため必要な水分量も増えます。
運動する時には必要な水分量がさらに増えるため、運動する前から十分な水分をとるように心がけましょう。
糖分の多いスポーツドリンクは血糖値が上がりやすいです。妊娠中は血糖値が高くなりやすいため、飲みすぎには注意が必要です。水や糖分控え目の経口補水液なども活用しましょう。
運動習慣のなかった人は少しずつ運動量を増やす
妊娠するまでに運動をほとんどしていなかった人は、週に2〜3回から始めましょう。1回の時間は60分以内が目安です。運動習慣がない人が急に運動量を増やしたり長時間の運動を続けると母子ともにストレスがかかるため注意が必要です。
最初は5分程度からでも大丈夫です。少しずつ運動を始め、徐々に運動量を増やしていきましょう。
妊娠初期以降の運動について
妊娠16週以降は仰向けになるような運動は避けましょう。
仰向けの姿勢をとると子宮によって血管が圧迫されて血流が悪くなります。仰臥位低血圧症候群といい、血圧が過剰に下がることでめまいやふらつき、悪心などの症状が出ることがあります。妊娠後期ほど注意が必要です。
もしこのような症状が出た場合は、すぐに左側を下にして横向きの姿勢をとりましょう。
ただし、スイミングの場合は水中で浮力によって支えられるため、背泳ぎのような仰向けの姿勢をとっても問題ないとされています。
妊娠初期の運動に関するよくある質問
妊娠初期の運動について、よく寄せられる質問に回答しましたので参考にしてください。
Q:筋トレをしても大丈夫ですか?
あまり負荷のかからない軽い筋トレなら大丈夫です。妊娠中の運動はお喋りしながら続けられる程度の有酸素運動が推奨されます。
ダンベルやおもりを使った負荷のかかる運動は避けましょう。
また、仰向けの姿勢や腹筋に力をいれるような姿勢やトレーニングはしないように注意してください。お腹の筋肉に過剰な圧がかかるとお腹の張りや痛みを引き起こす可能性があります。
Q:妊娠超初期に激しい運動をしてしまいました。大丈夫でしょうか。
妊娠初期に激しいスポーツをした場合は、流産率が高くなるとされているため、妊娠に気づいた時点で一旦控えるようにしましょう。過度な心配は必要ありませんが、妊娠に気づいた時点で医師に運動をしていた旨もあわせて報告しておくと安心です。
運動の強度が「ややきつい」と感じる程度以下の運動であれば、妊娠すること、流産に影響がないという報告もあるため、あまり強度が高くない運動であれば大きな心配はありません1)。
妊娠前から日常的に運動する習慣があった方は妊娠中も運動を続けてもよいとされていますが、運動の強度や内容は一度見直しましょう。
おわりに
参考文献
1) 産婦人科部会. 妊婦スポーツの安全管理基準. 日本臨床スポーツ医学会誌, 2005, Vol.13 Suppl.,
https://www.rinspo.jp/files/proposal_11-1.pdf
2)厚生労働省 .“健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023”.厚生労働省ウェブサイト
https://www.mhlw.go.jp/content/001194020.pdf
3)Milunsky A, Ulcickas M, Rothman KJ, Willett W, Jick SS, Jick H. Maternal heat exposure and neural tube defects. JAMA. 1992;268(7):882-5.
https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/399269