人工授精の適応になる最低ラインの精子の運動率は?総運動精子数が低下する原因や治療法、人工授精の流れも解説

最終更新日時:
2024-10-14
市山 卓彦
市山 卓彦 医師
院長 婦人科 生殖医療科 医師
2010年順天堂大学医学部卒。2012年同大学産婦人科学講座に入局、周産期救急を中心に研鑽を重ねる。2016年国内有数の不妊治療施設セントマザー産婦人科医院で、女性不妊症のみでなく男性不妊症も含めた臨床及び研究に従事。2019年には国際学会で日本人唯一の表彰を受け、優秀口頭発表賞および若手研究者賞を同時受賞。2021年には世界的な権威と共に招待公演に登壇するなど、着床不全の分野で注目されている。2019年4月より順天堂浦安病院不妊センターにて副センター長を務め、2022年5月トーチクリニックを開業。
医学博士、日本生殖医学会生殖医療専門医 / 日本産科婦人科学会専門医、日本産科婦人科学会専門医指導医 / 臨床研修指導医
torch clinic医師

人工授精の適応になる最低ラインの精子の総運動精子数や運動率

WHOの基準によれば、自然妊娠の可能性があるとされる総運動精子数は「精液量×濃度×運動率」で算出され、精液中の総運動精子数が1,500万個以上であることが求められます。これは、男性の生殖能力を評価する際の重要な指標の一つです。

人工授精の適応

人工授精の適応には、以下の要件があります。

  • 複数回のタイミング療法が不成功であったケース
  • 軽度の乏精子症(精液中の総運動精子数が200万個以上の方)
  • 性交障害、勃起不全、性感染症、または仕事の都合などで性交渉が難しい場合

精子の総運動精子数や運動率が低下してしまう原因・治療法

精子の総運動精子数が低下することによる男性不妊の原因は、大きく3つに分類されます。

1.造精機能障害

精子を造る機能が低下し、正常な精子の生産が行われない状態です。造精機能障害は男性不妊の原因の中で最も多く、80〜90%を占めます。原因は多くの場合不明ですが、原因がはっきりしているものに「精索静脈瘤」があります。精索静脈瘤は精巣やその上の精索部に静脈瘤(静脈の拡張)が見られ、精子が作りづらくなってしまう状態です。

精索静脈瘤がない場合の治療法

薬物療法(漢方薬やビタミン剤、抗酸化剤など)や生活習慣の改善で症状が改善する可能性があります。が推奨されます。

精索静脈瘤がある場合の治療法

外科的治療により、精液所見が改善する可能性があります。手術方法には、顕微鏡下精巣静脈低位結紮術と通常の精巣静脈高位結紮術の2つがあります。前者は局所麻酔で陰嚢の付け根を切開し、日帰り手術が可能です。一方、後者は全身麻酔を用いて腹部を横切開し、入院が必要です。いずれの手術法でも、手術成績には大きな差はなく、約80%で精液の改善が認められています。

2.性機能障害

有効な勃起が起こらない勃起障害(ED)と、勃起はするものの射精ができない射精障害があります。原因には、性に関する知識の不足や不適切なマスターベーションなどがあります。また、不妊治療でタイミング法を行う場合に性行為自体がプレッシャーとなり、勃起障害を引き起こすこともあります。

治療は、カウンセリングや薬物療法が効果的な場合があります3.精路通過障害

精路通過障害とは、精子が精巣から尿道へ正常に移動できない状態を指します。精巣でつくられた精子は、精管、射精管を通って射精されます。

しかし、生まれつき精管がない場合や炎症によって通り道が詰まっていると、精子がつくられていても体外に出ることができません。精液中に精子が見当たらなくても、精巣内に精子があれば、妊娠の可能性はあります。

造精機能障害や精路通過障害が原因で、精液中に精子が全く存在しない状態を「無精子症」と呼びます。この状態は、原因によって治療法が異なるため、まずは専門的な検査を受けることが大切です。

詳しくは、 torch.clinicのウェブサイトをご覧ください。

人工授精とは

人工授精(AIH:Artificial Insemination of Husband)は、卵子と精子が出会う確率を高めるために、自然妊娠に近い形で医学的にサポートをする方法です。

この方法では、精液を洗浄して、プロスタグランディンなどを除去した後、運動良好精子を選別し、 子宮内に注入します。

人工授精は自然妊娠に近く、女性の身体への負担が少ない治療方法です。1回あたりの妊娠率は、約5〜10%とされています。最初の3〜4周期までは累積妊娠率が徐々に上がり、累積妊娠率は5〜6回で横ばいになると報告されています。

また、1周期中に人工授精を1回行う方法と2回行う方法がありますが、成績に大きな違いがあるという十分な報告はありません。1周期中に2回授精を行う場合、多胎妊娠のリスクがあるため妊娠合併症のリスクも高くなると言われています。

人工授精の適応

人工授精の適応については以下の要件があります。また、実施する際はパートナーの承諾が必要です。

  • 複数回のタイミング療法が不成功であったケース
  • 軽度の乏精子症(精液中の総運動精子数が200万個以上の方)
  • 性交障害・ED・性感染症・仕事の都合などで性交渉がとれない場合

人工授精の流れ

処置前の注意点

処置による感染を防ぐため、感染症の検査(B型肝炎、 C型肝炎、 HIV、 梅毒、およびクラミジア)を患者様ご本人およびパートナーの方にお受けいただきます。

詳しい情報については、 torch.clinicのウェブサイトをご覧ください。

人工授精当日までのスケジュール

STEP①月経期の診察

月経1〜5日目にご来院いただき、超音波検査や血液検査で今周期が人工授精に適しているかを検討します。この受診の際に排卵誘発剤をお渡しします。

STEP②卵胞期の診察

月経10日目〜14日目頃に来院いただき、超音波検査で卵胞の大きさ、子宮内膜厚を計測します。卵胞が十分な大きさ(20mm前後)に発育していることを確認したら、排卵誘発剤の注射と人工授精を行う日程を決めます。

STEP③人工授精前日

自宅またはクリニックでhCG注射による排卵誘発を行います。hCG注射を打つと約36時間前後で排卵するとされています。

詳しい情報については、 torch.clinicのウェブサイトをご覧ください。

当日のステップ

  1. 当日採精した精液をお持ちいただきます(凍結精子を使用する場合もあります。)。
  2. 精液の濃縮を行います。(所要時間:約60〜90分)この間は、院内でお待ちいただいても、院外でお待ちいただいても構いません。院外でお待ちいただく場合は医療スタッフへ一言お声掛けください。
  3. 外来診察室(内診台)にて、卵胞の状態や子宮の傾きを経腟超音波で確認します。
  4. 腟内に腟鏡(クスコ)を挿入します。
  5. 腟内を洗浄します。
  6. 子宮内に細いカテーテルを挿入し精液を注入します。(細いカテーテルを使用するため疼痛を伴うことはまれです。)カテーテルが入りにくい場合は鉗子を使用することがあります。

処置後の副作用・リスク

処置後の注意点

  • 処置後は特別に安静にしていただく必要はなく、運動や性交渉にも制限はありません。
  • 処置後に腟内から液体が漏れ出てくることがありますが、おおよそが洗浄液のため、心配なさらずにお過ごしください。

副作用・リスクについて

副作用・リスクについては以下のことが挙げられます。

  • カテーテルの挿入や鉗子の刺激により、出血を認めることがあります。
  • 人工授精の前に十分な洗浄を行いますが、カテーテルの挿入や精液の注入によって子宮内感染や腹膜炎を起こすことがあります。感染を起こした場合は抗菌薬の投与などを行います。

人工授精の妊娠率

妊娠率

人工授精1回あたりの妊娠率は、約5〜10%とされています。最初の3〜4周期までは累積妊娠率が徐々に上がり、5〜6回で横ばいになると報告されています。

また、1周期中に授精を1回行う方法と2回行う方法がありますが、成績に大きな違いがあるという十分な報告はありません。1周期中に2回授精を行う場合、多胎妊娠のリスクがあるため妊娠合併症のリスクも高くなると言われており、トーチクリニックでは1回法を原則採用しております。

回数とステップアップについて

5〜6回の人工授精を行っても妊娠に至らなかった場合、体外受精や顕微授精など、治療方針の見直しを検討することが重要です。必ずしも6回トライする必要はなく、ご夫妻の希望や長期的なプランに応じて、最適な方針を共に決定していきます。

よくある質問

Q: 改めて、男性不妊の原因について教えてください。

男性不妊は、精子が精巣で産生された後、精路を通って尿道から射精される過程のいずれかに障害がある状態を指します。具体的には、以下の3つの原因が考えられます。

1. 造精機能障害

精子を造る機能が低下し、正常な精子の生産が行われない状態です。造精機能障害は男性不妊の原因の中で最も多く、80〜90%を占めます。原因は多くの場合不明ですが、原因がはっきりしているものに「精索静脈瘤」があります。精索静脈瘤は精巣やその上の精索部に静脈瘤(静脈の拡張)が見られ、精子が作りづらくなってしまう状態です。

2. 精路通過障害

精路通過障害とは、精子が精巣から尿道へ正常に移動できない状態を指します。精巣でつくられた精子は、精管、射精管を通って射精されます。しかし、生まれつき精管がない場合や炎症によって通り道が詰まっていると、精子がつくられていても体外に出ることができません。精液中に精子が見当たらなくても、精巣内に精子があれば、妊娠の可能性はあります。

3. 性機能障害

有効な勃起が起こらない勃起障害(ED)と、勃起はするものの射精ができない射精障害があります。原因には、性に関する知識の不足や不適切なマスターベーションなどがあります。また、不妊治療でタイミング法を行う場合に性行為自体がプレッシャーとなり、勃起障害を引き起こすこともあります。

関連記事:男性不妊の原因とは?割合やなりやすい人の特徴

Q: 男性不妊の検査では何をしますか?

男性の場合は、主に下記の検査を行います。

精液検査

男性の不妊検査において、最も重要な検査が「精液検査」です。

この検査では、禁欲期間を2〜5日設けた後にマスターベーションで精液を全量採取し、「精液量」を測定します。その後、顕微鏡下で「精子濃度」「運動率」「総精子数」「前進運動精子数」を算出します。

精液検査の結果は、値のばらつきが大きいため、1回の精液検査で精液の結果をすべて判断することはできません。

超音波検査

陰嚢や精巣の状態を詳しく観察し、触診により精索静脈瘤の有無を検査します。

血液検査

 一般検査の他にホルモン、抗精子抗体、染色体を調べます。

Q: 精液検査では何がわかりますか?

「精液量」を測定し、顕微鏡を用いて「精子濃度」「運動率」「総精子数」「前進運動精子数」を算出しています。

関連記事:精液検査

総運動精子数がどれくらいであれば自然妊娠が可能ですか?

WHOの基準値に基づくと、自然妊娠が可能な総運動精子数(精液中のすべての運動精子の数は、1500万個以上とされています。

この値は「精液量×濃度×運動率」で算出されます。

おわりに

トーチクリニックでは、医師による診断や治療のカウンセリングに加えて、心理カウンセラーが心理的な負担や人に話しにくい悩みなど、医療での解決が難しい「お困りごと」について一緒に考える機会も提供しています。

恵比寿駅から徒歩1分の便利な場所に位置し、週7日(平日・土日祝)開院しており、働きながらでも通いやすい環境を提供しています。

不妊治療にご関心のある方は、お気軽にご相談ください。ご予約はウェブからも受け付けております。

また、すでに不妊治療を受けている方々のお悩みやセカンドオピニオンにも対応しております。セカンドオピニオンを含めたクリニックへのよくあるご質問はこちらをご参考ください。