胚移植は、体外受精や顕微授精によって得られた受精卵(胚)を女性の子宮に戻す治療です。具体的にどのような流れで行われるのか、胚移植後から着床までにはどのくらいの日数がかかるのか、気になる方もいらっしゃるでしょう。
この記事では、胚移植の基本的な仕組みから着床までの日数、そして妊娠の可能性を高めるためのポイントや移植後の過ごし方まで、詳しく解説します。
胚移植とは?
胚移植とは、不妊治療の一環として、体の外で受精させた受精卵(胚)を、女性の子宮内に戻す医療技術のことです。
体外受精(c-IVF)や顕微授精(ICSI)において必須のステップであり、卵管の閉塞や男性側の因子(精子数の減少や運動率の低下)に加え、その他のさまざまな要因による不妊に対しても広く用いられています。
胚移植に至るまでの大まかな流れは以下のとおりです。
胚移植には、採卵後に受精・培養した胚を、採卵と同じ周期に子宮に移植する「新鮮胚移植」と、体外受精や顕微授精で得られた受精卵(胚)を凍結保存し、後日融解して子宮に移植する「凍結融解胚移植」があります。
それぞれの違いについて詳しく知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。
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体外受精や顕微授精は不妊治療のひとつ

体外受精は、不妊治療の中でも高度な生殖補助医療(ART)のひとつで、自然妊娠が難しい場合に選択されます。顕微授精も体外受精の一種で、精子を直接卵子に注入して受精を促す方法です。
なお、体外受精を含む生殖補助医療は、2022年4月から一部の治療が保険適用となり、以前に比べて経済的な負担が軽減されています1)。
体外受精の費用について、さらに詳しい情報を知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
関連記事:体外受精の費用は保険適用される|具体的な条件や費用、費用負担が軽減される制度についても解説
初期胚移植・胚盤胞移植から着床までの日数(時期)
胚移植には、移植する胚の成長段階によって「初期胚移植」と「胚盤胞移植」の2つのタイミングがあり、着床までの日数が異なります。
初期胚移植は、受精卵を2~3日培養した「初期胚」を子宮に移植する方法です。移植された胚は子宮内でさらに成長し、移植から数日後に着床が始まります。
一方、胚盤胞移植は採卵後受精卵を5~7日間培養し、着床直前の「胚盤胞」まで育ててから移植する方法です。胚盤胞はすでに着床する能力を持っているため、移植後比較的早く着床が始まると考えられています。
どちらの移植方法を選択するかは、得られた胚の状態や数、これまでの治療歴などを考慮して総合的に判断されます。胚盤胞移植は、一般的に初期胚移植よりも着床率が高いとされています。これは、胚盤胞まで培養することで、着床可能な胚を選別できるからと考えられています。一方で、胚盤胞まで培養しようとすると、培養中に胚の成長が止まり、移植できる胚が得られないリスクも伴います。
胚移植後に妊娠判定をおこなうタイミング
胚移植後は、受精卵が子宮内膜に着床しやすい環境を維持するために、黄体ホルモンの補充を行うことが一般的です。そして、妊娠が成立したかどうかを確認するための妊娠判定は、多くの場合、胚移植から1~2週間後に行われます。
torch clinicでは、胚移植から計算して妊娠4週0日の時点で血液検査で妊娠判定を行っています。詳しくは下記の記事をご覧ください。
関連記事:妊娠判定と予定日の確定について
着床が完了するまでに数日かかりますが、この頃にいわゆる「妊娠超初期症状」を感じる方もいるかもしれません。
妊娠超初期症状とされるものには、以下のとおりです。
- おりものの変化
- 少量の出血(着床出血)
- 腰痛
- 下痢や便秘
- 頭痛
- 胸の張りや痛み
- めまい など
ただし、これらの症状は個人差が非常に大きく、黄体ホルモン補充の副作用や月経前症候群(PMS)の症状とよく似ているため、症状の有無だけで妊娠を判断することはできません。正確な判定は、妊娠検査薬の使用や、病院で行われる血液検査や尿検査の結果を待つ必要があります。
妊娠初期症状について、さらに詳しく知りたい方は下記の記事も参考にしてください。
関連記事:妊娠初期症状はいつから?主な症状や原因について詳しくチェック
胚盤胞の質と着床との関係性
移植する胚盤胞の「質(グレード)」は、着床や妊娠継続に影響する重要なポイントのひとつです。グレードは胚の見た目(形態)に基づき、主に以下の3点を評価して分類されます。
- 胚盤胞腔の広がり具合(1~6で評価)
- 内部細胞塊(将来の赤ちゃん)の状態(アルファベットで評価)
- 栄養外胚葉(将来の胎盤)の状態(アルファベットで評価)
例えば「4AA」というグレードは、「卵を覆う膜(透明帯)が延びて薄くなっていて(4)、内部細胞塊は細胞が密集し、均一で明瞭な構造で(A)、栄養外胚葉の細胞の数が多く、均一な構造(A)」という評価になります。一般的に、グレードが高い胚盤胞ほど着床しやすい傾向にあります。
しかし、グレードはあくまでも胚の「見た目」に基づいた評価であり、胚の染色体の情報を直接反映するものではありません。そのため、高いグレードでも必ず着床・妊娠するとは限らず、逆にグレードが比較的低くても無事に出産するケースもあります。
関連記事:胚盤胞グレード(Gardner分類)とは?胚盤胞移植の妊娠率やメリットについても解説
胚移植後の日常生活の過ごし方で気をつけること
胚移植後、妊娠判定までの期間は、医師から特別な安静の指示がなければ、基本的に普段どおりの生活を送り、過度に神経質にならないことが大切です。
ただし、以下の点に注意が必要です。
その他、日常生活を送る中で何か心配なことや不明な点があれば、医師や看護師に相談しましょう。
胚移植後の過ごし方について、さらに詳しく知りたい方はこちらの記事もご覧ください。
関連記事:体外受精・移植後の過ごし方
胚移植の成功率を高めるためのポイント
胚移植の成功率を高めるためのポイントは「質の良い胚を得ること」「質の良い胚が着床しやすいように、良好な子宮環境を整えること」です。
まず、質の良い胚を得るためには、元となる「質の良い卵子」と「質の良い精子」がなくてはなりません。卵子と精子の質は、年齢が最も大きく影響しますが、その他にも日々の生活習慣を整えるのが大切です。
- バランスの良い食事を摂る(特にビタミンDの摂取が重要といわれています)
- 適度に運動する
- 質の高い睡眠をとる
- ストレスと上手に向き合う
妊娠の可能性を高めるために自分でできる生活習慣の改善については、以下の記事でも詳しく解説しています。
関連記事:胚盤胞移植の着床率を上げるには?
また、前述したとおり、一般的にグレードの良い胚ほど妊娠の可能性が高いです。さらに、胚移植を行う際に着床を後押しするための技術が選択されることもあります。その代表例が「高濃度ヒアルロン酸培養液」と「孵化補助術(AHA)」です。これらの技術については、次の章で詳しく解説します。
高濃度ヒアルロン酸培養液について
高濃度ヒアルロン酸培養液は、胚移植時に使用が検討される特別な培養液です。
ヒアルロン酸は、もともと子宮内膜や卵胞にも存在していて、胚が子宮内膜にくっつきやすくする「接着剤」のようなものです。着床時期には、胚と子宮内膜の両方にヒアルロン酸と結合する受容体が増え、着床をサポートします。
また、いくつかの研究によると、胚移植の際に高濃度ヒアルロン酸培養液を使用すると、使用しなかった場合に比べて妊娠率や出産率が向上する可能性が示唆されています。
孵化補助術(AHA:アシステッドハッチング)について
孵化補助術(ふかほじょじゅつ、AHA:アシステッドハッチング)は、体外受精や顕微授精において、受精卵(胚)の着床を助ける技術です。
胚は「透明帯」という殻に覆われており、着床するには殻を破って孵化(ハッチング)する必要があります。孵化補助術では、移植前にレーザーや薬剤などで透明帯を薄くしたり穴を開けたりして、胚が孵化しやすいように手助けすることで、子宮内膜への着床率を高めることができるのです。
孵化補助術は、過去の体外受精で着床がうまくいかなかった経験がある方や、透明帯が厚い、または硬い胚を移植する場合などに適用が検討されます。
胚移植の成功率に影響を与える要因
胚移植の成功率には、日々の生活習慣が影響します。胚移植に影響を与える要因を下表にまとめました。
これらの生活習慣の見直しは、すぐに効果が出るものではありませんが、胚移植の成功率を高めるための大切な土台作りとなります。
体外受精・胚移植をおこなっても着床がうまくいかない原因
体外受精・胚移植を行っても着床がうまくいかない原因として「胚側の要因」と「母体側(子宮側)の要因」が考えられます。
着床がうまくいかない原因は多岐にわたります。正確な診断と今後の治療方針については、担当の医師に相談するようにしましょう。
着床障害について詳しく知りたい方は以下の記事を参考にしてください。
体外受精・胚移植による着床がうまくいかない場合の対処法
体外受精・胚移植で良好な胚を4個以上かつ3回以上移植しても着床しないと「反復着床不全」として原因を調べる検査が行われます。
検査の結果、原因が特定された場合、あるいは原因がはっきりしない場合でも、以下のような治療法や対処法が検討されることがあります。
- 子宮鏡の検査・治療
- 慢性子宮内膜炎の検査・治療
- 免疫学的検査
- 着床補助技術の活用(孵化補助術や高濃度ヒアルロン酸培養液の使用など)
- 子宮内膜スクラッチ
- 子宮内膜着床能検査(ERA)
これらの方法でも妊娠に至らない場合は「顕微授精(ICSI)/卵細胞質内精子注入法」へのステップアップも考慮されます。
顕微授精について、さらに詳しく知りたい方はこちらの記事もご覧ください。
関連記事:顕微授精
胚移植に関するよくある質問
胚移植を受けるにあたって頻繁に寄せられるご質問の中から、いくつかをピックアップして回答いたしましたので、ぜひ参考にしてください。
Q:胚移植後の出血は問題ない?
胚移植後に予期せぬ出血があると心配になりますが、妊娠初期の出血は決して少なくありません。
出血が起こる原因はさまざまです。
- 着床出血
- ホルモン補充療法の影響
- 移植時の刺激
- 子宮内に血の塊ができる
- 子宮外妊娠
最近の研究報告によると、生殖補助医療を受けた後の妊娠初期に出血を経験する方の割合は、2.1~36.2%と比較的多く、出血があると流産リスクは統計的に高くなるものの、最終的な出産率には有意差はなかったという結果が示されています2)。
しかし、出血が少量であっても、子宮外妊娠といった緊急性の高い状態や注意が必要な状態のサインである可能性もゼロではありません。特に、出血が続く、量が増える、鮮やかな赤い血が出る、強い腹痛を伴う場合は、自己判断せずに速やかに胚移植を受けた医療機関に連絡し、医師の診察と指示を受けてください。心配な場合は、どんなに少量の出血であっても、まずは医師に相談するようにしましょう。
Q:胚移植後に体調の変化がないのは着床していないから?
胚移植後から着床が完了するまでの間に、妊娠しているかどうかを確実に示す特有の症状(サイン)はありません。
ただ、この期間は、ご自身の体のわずかな変化にも敏感になり、「もしかして妊娠したかも?」「何も症状がないからダメだったのかも」と感情が揺れ動きやすい時期です。
一般的に「妊娠超初期症状」として知られる体調の変化は、多くの場合、着床が完了し、hCGというホルモンが分泌され始める時期(妊娠3~4週目ごろ)以降に現れます2)。
しかし、これらの症状は個人差が非常に大きく、全く感じない人もいます。胚移植後に特別な体調の変化を感じなかったとしても、それが着床していないことを直接意味するわけではありません。症状が有無に一喜一憂しすぎず、できるだけ普段通りにリラックスして過ごすことが大切です。
もし、通常の生理予定日を1〜2週間過ぎても生理が来ない場合は、妊娠の可能性があります。市販の妊娠検査薬で陽性反応が出ることもありますが、最終的な確定診断は、医療機関での血液検査や超音波検査で行われます。
着床の症状やサインについて、さらに詳しく知りたい方はこちらの記事も参考にしてください。
Q:着床はどのようにして起こる?
着床とは、母体の子宮内膜に受精卵(胚)が接着し、そこにもぐり込んで定着する一連の現象をいいます。以下のような経過をたどります。
体外受精・胚移植の場合、カテーテルを使用して初期胚または胚盤胞を子宮内に戻します。その後の孵化(初期胚移植の場合)、接着、侵入といったプロセスは、自然妊娠と同様の流れです。
Q:黄体ホルモン補充療法によって起こり得る副作用は?
胚移植の周期において、着床を助け妊娠を維持するために「黄体ホルモン補充療法」が行われますが、副作用が現れる可能性があります。
比較的よく見られる副作用は、以下のとおりです。
- 吐き気、嘔吐
- 頭痛
- めまい
- 胸の張りや痛み
- 食欲の変化(食欲不振または食欲増進)
- 腹痛、お腹の張り感
- 不正出血(少量の出血や茶色いおりもの)
- 眠気、体のだるさ
- 体重増加
- 気分の落ち込み、イライラ感、情緒不安定
- 便秘
- むくみ
- 肌荒れ、にきび
このように、副作用の多くはつわりや月経前症候群(PMS)の症状とよく似ています。そのため、上記の症状だけで妊娠の有無や異常を判断するのは難しいです。
また、頻度はまれですが、注意が必要な重大な副作用として「血栓症」があります。血栓症は、血管の中で血液が固まってしまい、血流を妨げてしまう病気です。もし、片側のふくらはぎの急な痛みや腫れ、胸の痛みなどの症状が現れた場合は、血栓症の可能性も考えられるため、直ちに医療機関に連絡し、指示を受けましょう。その他にも何か気になる症状がある場合は、ご自身で判断せずに、必ず医師や薬剤師に相談してください。
おわりに
参考文献
1)厚生労働省.不妊治療に関する支援について.厚生労働省ウェブサイト
https://www.mhlw.go.jp/content/000901931.pdf
2)J M Nielsen,P Humaidan,M B Jensen,B Alsbjerg.Early pregnancy bleeding after assisted reproductive technology: a systematic review and secondary data analysis from 320 patients undergoing hormone replacement therapy frozen embryo transfer
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37897214/